なんやかんや、年は取るもので最近ではデザインを教えたり、Webの作り方を教えたりという時間を割かないといけない毎日なのですが、「人のセンスの評価」ってめちゃくちゃしづらいところなんですよね。
どうみても「だっさ」って感じたときに、果たしてどんな声を発するべきなのか、本当に難しいことで結局「絶句」というのを続けてきたのですが、それもそれで作り手の成長につながるとも思えないので最近ではズバリ「ださいの」ってつぶやくようにしています。
ただ、これは自分のセンスや好みで評価されているというのも気を悪くするので「しっかり測った?」と付け加えるようにしています。赤とか青とか、Webデザイン・クリエイティブ初学者によくある「すぐにオレンジ色を多用する」部分はちょっと置いておいて、サイズや余白、文字のサイズや比率などをしっかり測ったか?という部分でまずは詰めていってます。
もちろん、全部がダサいわけではなく、「測らないということは仕事としてダサい」「デザイン=設計」「もしあなたが家を建てるとなったときに、ひとつも測量がわからないデザイナーに家のデザインを頼みますか?」という感じで、測ることの大切さをとにかく伝えるようにしています。
ま、だいたい6割初学者の体力が削れたところで、少しだけセンス問題の話をして残りの体力を削って残り2割程度残すようにしています。体力を残さないと「ハラスメント問題」というクッソやっかいな問題が自分に降りかかってくるからです。いやな世の中だわ。
さらには、なんにつけ一応は絶望的観測をするのが好きなので「果たして、自分のセンスって世の中に通用してるのかしら?」って自問自答して、変なダメージを自分が食らうのであまりデザインセンスで仕事を語らないようにしてたりします。
先日、流し見した映画でもおっさんのセンスを若手新鋭デザイナーがグサグサと否定する場面があったのですが、自分自身も20代からみたら「クッソだせぇ」って思われてるんだろうな・・あぁ、しんど、って最近思うわけですよ。
自分自身、20代の時に40代のWebデザイナの上司が解像度800600でひとつも面白くないFlashを自慢げに見せてきたときに「このイボ部長(顔面にイボがあるため)、ほんとセンスのかけらもねぇな」って思いながらも「素敵です★」って言ってましたもんね。
「センスがねぇもん作る前に、そのイボ取れ」とは、わてほんまによう言わんわって。
今、自分がその部長の年齢になって、ほんとイボ部長へのこの思いは自分に返ってきてるんだって。
ごめんなさい、イボ。
あなたのイボはまだ、そこにありますか?って。
でも、Web技術ってかなり流れもので水ものな知識だとずっと痛感してるので、結局は「センスを磨いて生き残る」ことがとても大切だと思うの。
自分が生き残れてるのかは、知らんけど。
まだレスポンシブという言葉がないころだけど、当時の自分のデザインはすごい、なんというか、デザインというか、、なんと申せば。。